前編を読む
前編の取材から、4ヶ月——。自身が生み育てた、完全オーダーメイドの結婚式をつくるサービス「CRAZY WEDDING」の事業を退き、新たな挑戦をすることに決めた山川。しかし、新サービスはローンチされなかった。サービスリリース前日に、山川自身が「やらない」という決断を下したのだ。 システムまで完成させたサービスを、なぜ取り下げることにしたのか? 笑顔の裏側には、どれだけの葛藤があったのか? 挑戦をやめた真意、そして4周年を迎えたCRAZYが迎えた「危機」を、山川は真剣に、時折目に涙を浮かべ、そしてもちろん笑顔を弾けさせながらまっすぐな言葉を紡いでくれた。 彼女の挑戦し続ける姿と葛藤が鮮明になる、インタビュー後編。

ローンチ前日に下した「やめる」という決断

4月1日に、「旅」に関する新事業をローンチする——。3月に行なった取材で、そう語っていた山川。しかし、そのサービスが世に出ることはなかった。新事業の指揮を執っていた彼女自身が、ローンチ前日にストップをかけたのだと言う。決断の裏側には、いったいどのような思いがあったのだろうか? 「ひと言で言うと、違和感を拭いきれなかったんです。新事業の計画を立ち上げてから、ずっと心の底にモヤモヤしたものを抱えていました。これは自分の覚悟不足、努力不足だと言い聞かせ、打ち込むことで処理しようとした。でも、いくら頭では納得していても、言葉に魂が乗らなくて。最後の最後、『自分の人生の数年を捧げることができるのか?』という問いに、首を縦に振ることはできませんでした」 いつの間にか、「これがやりたい!」ではなく「新しい事業を始めないと」という思いに捕らわれていた、と山川は振り返る。 「大好きな会社と仲間を守らなければという気持ちが生まれて、ウェディング事業を立ち上げたときのような純粋なエネルギーを失っていた。クレイジーと名乗りながら、ものすごくスタンダードな考え方をしていたんですね」 また、夫でありCRAZYのCEOでもある森山和彦に対する恩返しの気持ちもあった。CRAZY WEDDINGという夢を叶えてくれた彼がずっとやりたがっていた、ITに軸足を置いた事業。今度は彼の願いを叶える番だ、という思いで臨んだ。 「でも、後からそれを伝えたら、そんなつもりでやってほしくないって怒られちゃって(笑)」

2016年7月11日、2度目のインタビュー

彼女の強みは、「やりたい!」という熱量の強さ、誰が反対しても自分が信じるものに突き進む前のめりな姿勢だ。だからこそ、彼女が手がけるものは「仕事」のレベルを超え、人生を賭けた「作品」のようになる。 しかし、「やらねば」「やってあげたい」という思いで自らを鼓舞し、事業を立ち上げようとするなかで、気づいたときには自らの意思に満ちた山川咲ではなくなっていた。以前の自分に戻りかけていたのだ。 「でも、今回の経験ができたからこそ学べたことがあります。いくら意志の力が強くても、がんばり屋でも、日々を過ごすなかで大切なものは手のひらからポロポロとこぼれ落ちてしまう。それは仕方がないことで、大切なのは失ったものに自ら気づき、失う前の自分よりもっと進化することだって。なにかを得て、失って、進化して、またなにかを得て−−。その繰り返しこそが人生なんだと気づきました。人は、何度でも立ち上がり、前を向けるんです」

4年目の「解散」とメンバー7名の脱退

この1年は山川、そしてCRAZYにとって試練のときだった。 「夢だった『情熱大陸』の出演も叶ったし、外から見ると華々しく活躍しているように見えるかもしれません。けれど、その裏側では4年間育てた会社、社員70名の重みや葛藤を感じていました。『スタイルを持った個人が集う場所』がCRAZYだったはずなのに、小さな妥協を積み重ね、意思を失い、いつの間にか『会社』になっていたんです」 メンバーはみんな一生懸命だ。手を抜こうなどとは決して思っていない。それでも組織が大きくなればなるほど一部の仕事が「仕事」となり、そのなかで積み重なった「しょうがない」という小さな妥協は、気づけば自分たちを理想から遠い場所に連れていっていた。 CEOの森山は創業の原点に立ち返るため、一度すべてを白紙に戻すことにした。全社員に、自分の意思でここに居続けるのか、違う道を進むのかを問うたのだ。全員と面談し、結果的に創業メンバーを含む7名がCRAZYを去ることを決めた。 山川はそのときを思い出すかのようにまっすぐ前を向きながら、大粒の涙をこぼした。 「一緒にやってきた仲間が去るのは心が痛んだし、『こんなはずじゃなかった』ってふがいなくて、やるせなくて……。でも、結果的にもりちゃん(森山)がそのやり方を貫いてくれて、よかった。だって、辞めると決めたメンバーたちの顔は、とてもすっきりしていたから」 唯一無二の「場」であるCRAZYのことが、好きでたまらない。だから、「次に行かなくちゃ」と頭ではわかっていても、そこに留まってしまう−−。そんなメンバーもいた。「解散」というきっかけがあったからこそ、彼らはそこでまた「挑戦し続ける」というスタンス、そして自分の人生を生きることを取り戻せたのだろう。 そんな組織のターニングポイントを迎えたのは、ちょうど7月に開催された4周年イベントのタイミングだった。周年イベントと言えば、無料のパーティを開催し、代表が挨拶する形式が一般的だろう。しかし、彼らはそんなつまらないことはしない。参加費をもらうかわりに、それ以上の感動と驚きを、来てくれた人の人生にしっかりと刻み込む。 3周年イベント「CRAZOO(クレイズー)」は個性的なメンバー全員が動物に扮した華やかな催しだったが、4周年イベントにはより本質的なコンセプト、「BEYOND –全てを超える-」を立てた。 光か闇、どちらしかない人生なんてない。葛藤のない人生なんてない。闇も葛藤も受け入れ、それらに足を取られてもかすかな光を信じ、立ち上がり、行動を起こす。そうして世の中を変えていくのが、CRAZYである−−。 そんなメッセージが込められた、参加型インスタレーションだ。(*インスタレーション……空間全体を作品として体験させる芸術) 「じつは、もりちゃんが全社員と面談したのは、イベントの10日前。この試練をCRAZYは乗り越えられるのか、という不安を抱えているときで、『BEYOND』というコンセプトは怖いくらいぴったりでした(笑)」 会場は、廃ビル。一棟を貸し切ってこのイベントのためだけにリノベーションしたが、本当に大変だったと山川は振り返る 「本番の数日前まで、50%……いや、60%くらい開催はムリなんじゃないか、という状況でしたから」 それでも、自分たちの覚悟と誇りを取り戻すため、全員で真正面から挑んだ。「自分たちはできる」ということを証明するために。 「プログラムをつくり、空間をつくり、衣装をつくり−−ただがむしゃらに走り抜けました。イベント3日前にはみんなで合宿して、辞めることを決めた社員のプレゼンを聞いて……。このメンバーでなにかを成すことはもう二度とない、最高の舞台をつくろうとみんなで心に決めたんです。とくにこの1年間、アドバイザーに徹していた私は久しぶりの現場に戦闘モード(笑)。最前線で戦う感覚は久しぶりで、心地よいものでした」 イベントは大成功。すべてのスタッフが高い基準でやりきり、2000人もの来場者の人生にCRAZYの「光と闇」を刻み込んだ。最高の時間だった。このとき、理想を追求した「向こう側」にしか新しい未来はない、とあらためて山川は確信したという。 「CRAZYは、理想を選ぶ集団です。だから、採用も組織もゼロからベストの形を考えてきたし、既存のものとはまったく違うウェディングができることも証明した。今回私たちは、理想からスタートするための解散を選びました。どんな状況でも、何度でも、理想のためにゼロになれる勇気があること。それが、私たちの強みです」 創業の意思に立ち返り、自分の人生を生きることを思い出し、「基準」を取り戻した。理想を追求するために一度ゼロになった「新生CRAZY」は、もう心配ないか? そう問うと、山川は静かに、しかしキッパリと首を振った。 「一回の成功体験で、『もう大丈夫』とは言えません。人間は脆い生き物だから、いつまたスタンダードなものの見方をするようになるかわからない。それは、私もみんなも同じです。でも、いろいろな出来事をとおして、また十分に戦いのスタートラインに立てた。ここからもう一度、CRAZYを始めよう。そう思っています」

オーストラリアで取り戻した「I DO」の人生

いま、山川は新しい事業を考えたり新規部署の立ち上げを手がけたりしながら、3年ぶりにウェディングの現場を回っている。彼女と仕事をしたことがないメンバーに、クレイジーの真髄である「基準」を示すためだ。土日はすべて結婚式に出るため休みはなく、社内の誰よりも忙しい。しかし、「スカッとした気分だし、生きやすくなった」といつも通り、最高の笑顔で語る。 「創業当時に持っていた、『私がやる』という気持ちを取り戻したからかな。距離を置いていたときはあれやこれやと心配していたけれど、いまは『私がいるから大丈夫』って胸を張れる。CRAZYは、メンバー全員が『私がやる』と考える、主体的な個人の集まりであるべきなんだって実感しています」 この、「私がやる」−−「I DO」の感覚は、4周年イベントの少し前、5月に行ったオーストラリアの旅で得たそうだ。山川は旅の途中で結婚式の現場に向かうことを決め、なんと9日間のツアーの予定を半分で切り上げて帰国した。 「きっかけは、お客様からいただいたご意見です。とはいえ私はすでに〝元〟トップだし、普通に考えれば海外から帰国するような話ではないかもしれない。でも、直感的にいま帰らないと一生後悔すると思って、近くに空港も駅もないところでツアーバスから降りちゃって(笑)。空港に向かうジープに乗ってオーストラリアのだだっ広い景色を見ながら、『ああ、また、ここから人生が始まるんだな』という思いがわき上がってきました。『I DOの人生だ』って」

これからの、山川咲

山川咲は、誰しもが引き込まれる笑顔と、圧倒されるパワーを持っている。そして、その志の高さゆえに、内側には大きな葛藤を抱えてもいる。光が強ければ、闇もまた濃くなるのだ。 しかし、彼女には「自分を乗り越える力」がある。意思がある。前回の取材でも、山川はこんなことを言っていた。 「もうダメかもしれない、私には才能がないのかもしれない、と思ったときは、『そう思えるくらいのすごい挑戦をしているんだ』って自分を鼓舞するんです。そして、自分に問いかけます。『じゃあ、やめるの?』って。辛いから、自信がないから、不安だからやめるのか?答えは決まっています。ここまでがんばってきて、やめられるわけないって」 では、これからどのような挑戦をしていくのか? 最後の問いに、彼女は穏やかに、力強く、こう答えてくれた。 「正直、ウェディング以上に人生を賭けられる事業は、まだ見つけられてはいません。でも、迷いがあるのは当たり前のことだし、ベストを尽くして前に進んでいるという感覚はあります。それに、辿り着きたい未来が見つかったとき、それを諦めることは絶対にないという確信がある。私は、世の中を突き動かしたい。新しいスタンダードをつくる人でありたいんです」 山川咲は、その笑顔と涙とともに、一歩ずつ前に進んでいく。 迷いながら、葛藤しながら。

<完>

取材・テキスト / 石川裕二
写真 / 石川裕二

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