ドレス、引き出物にはすべて持ち込み料がかかる。

開始時間、式次第はだいたいフォーマットがある。

レイアウトや装飾も、決められたものに多少手を加えるだけ。

ーなぜ、およそ2時間に数百万円も支払うのに、「できない」のオンパレードなのだろうか? 30年以上続く不自由極まりない結婚式業界の常識を覆し、「革命児」と呼ばれる女性がいる。それが、山川咲だ。

彼女が立ち上げた「CRAZY WEDDING」は、完全オーダーメイドのウェディングを提供する、日本初のサービスだ。彼女は4年間にわたって新郎新婦の夢を叶え、数々のオリジナルでユニークな、そして愛の溢れる結婚式を手がけてきた。

しかし、彼女はこの春、CRAZYのウェディング事業から離れることを決意した。なぜ、彼女はウェディング事業を始めたのか? そしてなぜ次のフェーズへ向かうのか? 誰しもが惹きつけられるその笑顔の裏にある強い意思の力に迫る。

一人ひとりが違うように、オリジナルの結婚式を

なぜ、業界経験もないのに、コンセプトウェディングを手がけることにしたのか? その問いに、山川はこう口を開いた。

「純粋に、結婚式はもっと素敵なものになると思ったんです。人間は一人ひとり違うのに、結婚式は誰が挙げてもほとんど同じ。高砂があって、お客さんとの距離も遠くて、司会の人が仰々しくプロフィールを紹介する……。それっておかしいことだし、画一的な結婚式に携わるクリエイターの方たちもとても窮屈そうでした」

プロデューサー 山川咲(2016年3月18日)

一組ずつまったく違うコンセプトを決め、それに沿って新郎新婦もクリエイターも幸せになるオリジナルの結婚式をつくりたい。山川の頭に浮かんだ理想を実現するためには、乗り越えなければならない課題が山積みだった。

やるべきことが何百とあるなか、まず、一歩目である会場探しから躓いた。CRAZYのやり方では、1つの式場で1日1組しか式を挙げられない。結婚式のビジネスモデルは、設備投資と結婚情報雑誌への広告費に投資し、多額の投資を行う。そのため、土日に集中させて結婚式を量産し、1日に2〜3組の式を回転させて利益を出さなければならない。当然、一緒にやりたいと声をかけたほとんどの会場から断られた。

会場探しだけではない。最初はスムーズに行くことなど、何ひとつなかった。毎日「もうムリだ」と思うような事件が起こり、涙を流す。自信を失い、「私たちが存在する意味はあるのか?」と何度も自問した。

それでも、目の前の新郎新婦が描いている夢を実現させる仕事に圧倒的な価値を感じ、ひたすら邁進した。

「これができたら素敵だな、という夢のような話を新郎新婦に提案すればするほど、後から自分の首を絞めることになるんです(笑)。それはわかっていましたが、妥協だけはしたくない。お客様と時間を共有して、理想の結婚式を生み出すためにCRAZY WEDDINGを立ち上げたのだから」

山川が掲げた「オリジナルコンセプトウェディング」は、膨大な地道な作業の積み重ねの上に成り立つ、時間と手間のかかるものだ。すべてオリジナルだから、なにひとつパッケージ化されていない。すべて1から……いや、ゼロからつくり上げていく。気が遠くなるような量の仕事を、なぜやり遂げることができたのだろうか?

「ウェディング業界経験者が、チームにひとりもいなかったからかな。下手にやり方を知っていたら、既存のものをどう工夫するかといった小さな発想になっていたかもしれません。純粋に理想の姿から逆算してアプローチできたのは、無知だったから。何も知らないから、頭を使って考えるしか方法はなかったんです」

花一輪、グラス1つ妥協しない山川が求める「基準」は、とてつもなく高い。「ホテルや旅館に泊まるときも、『基準』に達していないことが気になってしまって」と笑い、彼女はこう続けた。

「ひとつの基準を守ることは、100の基準を守ることと同じです。結婚式でも、花一輪に妥協すれば、全体のクオリティに影響してしまう。だから私は、『この花じゃダメだ』ということをはっきり伝えます。常に基準を満たすことを、自分にも相手にも求めてきました」

山川はいつも、「どうやったらできる?」と問いかけてきた。理想の結婚式は、「できる範囲」でやるものではない。基準に達していないものは、時間がなくても、予算がかさんでも、決して許さない。新郎新婦の夢を叶えるためにどうすればいいかを、ただ愚直に追い求めてきたのだ。

彼女の「巻き込み力」は目を見張るものがあるが、それは彼女が手がける仕事に「どうでもいい」「どちらでもいい」がないからかもしれない。こだわりがあり、意義があり、あるべき姿を彼女自身が強く信じている。だからこそ、人は彼女に力を貸したくなるのだろう。それは、失ってしまった自分の基準を取り戻すことにもつながるのだから。

自分とみんなの「挑戦する人生」を奪わない

「一組ずつ、まったく違う結婚式を挙げる。いま私たちがやっていることが、私たちの思う絶対的にスタンダードな結婚式です。私たちがクレイジーと呼ばれない日が来ることが、目標なんです」

ひとつとして同じ結婚式がないCRAZYのウェディングは、たくさんの新郎新婦の「夢のような一日」をつくっていった。わずか2時間のために100人以上の大人が半年間必死で動き、一瞬に咲く美しく大きな花火を見てきたのだ。

CRAZY WEDDINGの様子(コンセプト:Hands Up!)

そしてCRAZY WEDDINGは、結婚式業界に大きな風穴を開けた。認知度も高まり、たくさんの幸せを生み出し、順調に成功している。事業は毎年3倍の伸びを記録しているし、チームメンバーも増えた。このままウェディング事業に集中すれば、売上も会社も大きくなることは明らかだ。成功は約束されている。

しかし、山川はこの春ウェディング事業を退いた。彼女が生み、育てた大切な事業をメンバーに託し、新しい事業に挑戦することを決めたのだ。

「事業を始めて1年半経った時点で、すでに現場でお客様を担当することからは離れていました。直近の半年は、世代交代して次の子に任せようと決めて。CRAZYのチームは日々進化して、以前は1日に1件ずつしか挙げられなかった結婚式が同じ日に7挙式、しかも昔よりもずっと進化した形で行われるようになりました。チームは、とてつもない勢いで成長しています」

でも、と彼女は視線を伏せる。

「任せたはずなのに、結局気になってしまったんです。CRAZY WEDDINGは20数年の人生が報われるような、私のすべてとも思えるすばらしい仕事でした。この仕事から離れる人生が想像できなかった私は、『私が』思うCRAZY WEDDINGを守ってね、という関わり方をしていたんです」

そんな日々が、半年続いた。転機は、年末に訪れた。

「12月にある経営者の方に『経営者の仕事は離れること』と言われて。ああ、ついに腹を決めなきゃいけないときがやってきたんだなと感じました」

山川は、その2日後に卒業することを決めた。「私のすべて」でもあるCRAZYとの決別は、いったいどれほどの喪失感をもたらしただろうか? 彼女はボロボロと涙を流しながら、毅然とした表情で答えてくれた。

「もう素敵な新郎新婦と出会い、仲良くなることもない。朝5時に集合して現場に行くこともない。終わった後、『夢みたいでした』って最高の笑顔で言ってもらえることもない。すべてが自分の人生からゴッソリなくなる——この決断は、私にとって簡単なことではありませんでした。

でも、いま自分は挑戦できているか? と自問自答したら、守りに入っていると思った。私がCRAZY WEDDINGを守ろうとするから、メンバーも守ってしまう。自分とみんなの『挑戦する人生』を奪っていると気づいたんです。そのとき、CRAZY WEDDINGを卒業して、新しい事業を立ち上げることを決めました」

挑戦は怖いものだ。大きなリスクも伴う。失うものもあるし、恥をかくこともあるだろう。そんな辛い思いをしてまで、なぜ、新たな挑戦しなければならないのか?

「私にとって、成功の定義は挑戦し続けること。失敗の定義は、挑戦しないこと。『挑戦して何かを失うこと』ですら、私の中では成功です。人生、手抜きなんていくらでもできます。でも私は、32年間挑戦し続けてきた自負がある。目の前に選択肢があったら、少しでも大変な道、自分が心からいいと思う道を選んできたし、すべてに妥協しないで向き合ってきた。私にとって、『挑戦』を手放すことは、人生を手放すことと一緒です」

CRAZY WEDDINGを手放すか、自分を手放すか。山川は自分、そして理想の人生と未来を手にすることを選んだ。彼女は、新しく「旅」の事業を始めることを決意した。

「なぜ、旅?」そう聞かれることが多いと語る山川だが、じつは彼女自身、旅で人生が変わった経験がある。27歳のとき、妊娠と流産を経て人生のすべてを賭けて働いてきた会社を去ることになり、心身共にボロボロになった。「旅に出なきゃ」。そう思い立った彼女は、オーストラリアへ一人旅に出る。たくさんの人と出会い、幸せそうなオーストラリア人、そして雄大なエアーズロックを見て、すとんと肩の力が抜けた。

オーストラリア旅の様子


「ああ、自分は十分にがんばったと素直に思えました。これからは、好きなように歩んでみようって。そのとき初めて、自分は自分の人生を生きているんだと実感したんです」

そして、その後の人生の軸ともなる、ある思いが浮かんできた。

〝意思のある人生を、ひとつでも多くつくりたい〟

これから自分は、意思のある人生をつくるために生きていく——その思いは、根拠はなくとも確かなものだった。

自分で決め、自分で責任をとり、行動する。だから、たとえ失敗しても、他人に決められた土俵の上での失敗と違って清々しい。山川は、旅で得られる経験の大きさを誰よりも実感しているのかもしれない。自分自身が、一人旅によって、いままでの自分から一歩を踏み出す瞬間を迎えられたのだから。

「ローンチまで、あと3週間。ちょっとドキドキしています」

山川は、楽しそうに笑った。

しかし、予定の日を過ぎても、そのサービスがローンチされることはなかった。


<後編に続く>

取材・テキスト / 田中裕子
写真 / 小林 鉄斉


株式会社 CRAZY
http://www.crazy.co.jp/

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