前編を読む

数々の世界大会で栄冠を手にしてきたプロフリークライマー・野口啓代には、いつも大きな期待が寄せられてきた。かつて天才少女として注目され、今はクライマーの女王として、世界からの期待を背負い、彼女は今日も壁を登り続けている。後編では野口がどのように周囲の期待に応え続け、自分と向き合ってきたかに迫る。

女王が“自分の壁”を制した日

2016年1月31日、『ボルダリング・ジャパンカップ2016』年の優勝は、野口啓代にとって、特別な意味を持つものだった。ひとつは、パリで開催される世界選手権への切符を手にすることができたこと。もうひとつは、自分にのしかかる、大きなプレッシャーに打ち勝ったことだった。

幼い頃から大きな期待を背負い、成果を出し続けてきた野口でも、プレッシャーに押し潰された経験があった。それが前年の『ボルダリング・ジャパンカップ2015』だった。野口は10連覇の快挙がかかっていたこの大会を準決勝で敗退する。

野口を潰してしまったのは、自分への過剰な期待だった。

クライミングは孤独なスポーツでもある。毎日、毎回、自分の限界を少しずつ自分で超えながら、周囲の期待に応えなければならない。その戦いは常に、自分を精神的にも、肉体的にも追い詰めてしまうという。

「私は幼い頃から自分にプレッシャーをかけてしまうタイプでした。私は父に大きな期待をされて育ちました。父はきっと私に『ワールドカップで優勝して欲しい』と思っていた。子どもながらにその期待に応えたい、なんとしても応えなければ、という思いがありました。

そうして期待に裏付けられた『勝ちたい』という気持ちは自分にとって、大きな原動力になります。しかし、背負う期待が大きい分、勝ちたい気持ちも大きくなる。時にそれがプレッシャーとなり、過度に自分に押しかかり、自分で自分を潰してしまうこともある」

期待を背負うことが原動力になる、それは野口の戦績を振り返れば明らかだ。しかし、その期待に応える気持ちは、時に野口の肉体の限界すらも超えるほど大きくなる。

野口は昨年の『ボルダリング・ジャパンカップ2015』では、大会直前まで過酷なトレーニングを重ねてしまった。

酷使した身体を休めている時も、頭の中で四六時中、野口は壁を登り続けた。心身にのしかかったプレッシャーは、彼女から睡眠すらも奪っていった。期待に応えたい気持ちが大きくなればなるほど、不安から逃れられない。その先にあるものが自滅であったとしても。

ボルダリング・ジャパンカップ2015、プレイの様子

「勝ちたい気持ちが強すぎると、とにかく登っていないと、どんな時でも不安になっている自分に気づきました。その不安は、身体の限界を超える負荷を自分にかけてしまう。10連覇がかかっていた前年の大会では、大会直前までハードなトレーニングし続けたことが心身の疲れとして残ってしまったことが大きな敗因でした。

今年の『ボルダリング・ジャパンカップ2016』の優勝は一週間ぐらい前から、トレーニングをやめることができたことが勝因のひとつです。きちんと眠れて、自分への自信を受入れられるようになった。結果が出せたので本当に良かったと思っています。周囲の人のアドバイスやサポートには本当に感謝しています」

野口は雨の後の晴れ渡った空のような表情で「私は周囲に恵まれている」と繰り返した。

「勝ちたい」から「登りたい」への転換

野口の登る理由は、子どもの頃から「勝つ」ためだった。

父や周囲の期待に応え、世界大会や様々なコンペを勝ち抜き、輝かしい戦績を残してゆく中で、その活躍が世界的に知られるようになる。そして今や、世界から期待を寄せられるアスリートになった。

野口はまさに、登る“戦士”だった。それゆえ野口は常に、グレード(難易度)が高い課題にこそ、登る意味を求めてきた。

「強くなりたい、上を目指したいと思ってクライミングをしている以上、自分が登った岩壁のグレードはすごく重要です。難しい岩壁に登ることができれば、世間に評価される。世界中で誰も登った事のない岩壁や、女性がまだ登っていない岩壁、何よりも自分がまだ超えられていないグレードを持つ岩壁が私にとっては何よりも魅力的で、登りたい岩壁でした」

課題こそが成長の機会であり、課題を自らの手で越えていくことに意味を求めてきた。しかし少し大人になった今、クライマーとしての自分に変化が訪れているという。

「私は今まで、クライミングの楽しさよりも大会で勝つことの喜びの方が大きかったんです。岩を登りたいというよりも、優勝できたから楽しいとか、勝てるから面白いと思っていた。

でも昨年、『マンダラ』という岩壁を登った時、クライミングの奥深い楽しさに触れることができた気がしました。その岩壁は、私が中学生の頃に理由もなく“この岩、なんかかっこいいかも”と思えた岩壁だったんです」

マンダラはアメリカ合衆国カリフォルニア州の都市、ビショップにある岩壁だ。中学生の女王は、見た瞬間にその岩壁の虜になった。

「一目惚れですよね。見た目もかっこいいし、岩のホールディング(持ち方)も自分が好きなタイプで。『生涯の目標にしよう』とすら思える出会いだった」

野口は微笑みながら無邪気に話す。マンダラのグレードは「V12」。中学生の頃は手が届かなったマンダラに、3週間という時間をかけ、完登に成功した。

「この14年間の私は、クライミングの楽しさよりも大会で勝つ喜びに価値を見出していました。そうしてクライマーとして生きて、クライミングを始めたばかりの中学校の頃に自分が憧れた目標であるマンダラに少しずつ近づいて、登ることができた。その時、クライミングの本当の楽しさに触れた気がしたんです」

野口は2016年の目標に、パリでの世界選手権、ワールドカップオーバーオープンでの優勝と、アメリカ・ビショップにある「ザ・スウォーム」の完登を掲げる。マンダラのグレードV12は、野口の“限界”のグレード。ザ・スウォームのグレードは、V13/14だ。

「私は自分が興味がわかないこと、モチベーションがないことには、全然がんばれないんです。やりたくないことをやっていたり、頑張りたくないことを頑張っているときって、『自分はなんでこれをやっているんだろうなぁ?』と、モヤモヤしちゃうんです。そうなると無理ができないし、素直に喜べないし、何よりも素直に頑張れない。だから自分のやりたいことを思いっきりやって楽しんでいたいんです。

「今はただ、登り続ける自分でいたい」

スポーツクライミングが2020年の東京オリンピックの追加種目に決定すれば、野口にとっては、幼いころから自分の人生とともにあったスポーツクライミングで、オリンピックの舞台に立つことができるチャンスだ。

そうなれば、野口は30代でオリンピック初参戦となる。十分な経験を積んで迎える、体力の曲がり角は、幸か不幸か。

「クライミングは一般的な理解よりも遥かに多彩な能力を駆使するスポーツです。体力や筋力などの肉体的な強さはもちろん、戦略や集中力、とっさの判断を左右する経験値など、精神面でも多角的な能力が問われます。たとえば、10代の若手選手の登り方を見ていると、20〜30代のベテラン選手のような、大きな大会を勝ち進む経験は持っていないけれど、その分、負けるのが怖くないから良い挑戦ができることがあります。

ベテラン選手は、巧みな戦術や知識を持って世界の選手と渡り合える一方で、自分を“型”にはめてしまって、ダイナミックな挑戦ができなくなることもある。私も10代の頃は年上の選手に刺激をもらっていましたが、20代になった今でこそ、若手の選手に見習うところもある」

最後にこれからは日本の新しいフリークライマーを育てていく様な立場に立つこともあるのだろうか、という問いに対し、「やっぱり、自分でクライミングをするのが大好きなので」と軽快に前置きして、野口はアスリートとしてクライミングの魅力を伝えていく存在であり続けたいと答える。

「クライミングは無限に楽しめるスポーツ。ひとつとして同じ岩壁はないし、同じ課題もない。大会では、初めて触るホールド、初めて登る岩壁、初めて登る課題で、いかに自分の能力を発揮して登れるかが問われるので、毎回が新しい。常に違った発見や自分の感情に出逢えることが楽しいですね」

今日も野口は新しい自分に出逢い続けている。世界のどこかの岩壁で。


<終>

取材・テキスト / Akihico Mori
写真 / きるけ


野口啓代 公式サイト
http://akiyonoguchi.com/