前編を読む
史上最年少でミュランの一つ星を獲得する一方、オーナーシェフとしてフランスと日本、いずれも「出る杭は打たれる」ネガティヴな視線にもさらされてきた松嶋啓介。前編では彼流のビジネスの定義、そして幼くして食を一生の仕事とするバックボーンを紐解いてきたが、後編では仕事を通じた人間関係の構築について、経験に裏打ちされた常識はずれな見解を訊く。

ライバルはレオナルド・ダヴィンチ?

オーナーシェフとして事業を回すだけでなく、執筆、ヨーロッパで起業を目指す事業者へのアドバイス、“馬鹿塾”と題して自らのホームである原宿から保守的になりがちな今の30代男性の尻を叩くトークイベントも開催。

「『松嶋さん、いろんなことしてますね』って言うけど、ちょっと待ってよ、レオナルド・ダヴィンチ何個やったんだよ?って思うんです。あの何も情報のない時代にあれだけやった人がいるのに、一生、過去に負け続けるのなんて嫌ですもん」

比較対象がデカい。しかしダヴィンチもまた一人の人間にすぎない。松嶋が言いたいことの本質はこうだ。

「いろんなことをやりすぎだって言うけど、問題は一つの方面からだけじゃ片付けられないこともいっぱいある。いろんな分野に触れてるから、一つのことを解決出来る方法が見つかるのに、専門分野に分けて物事を解決しようとする。日本の省庁なんて縦割り社会になって、そこから出てくるアイディアがあまりにも薄っぺらいものになっちゃったから、いつまでたってもこの国は問題解決できないんだと思う」

自分の価値観と異なるだけで他人を排除することも然りだ。「今の日本なんて、まさにそうじゃないですか?」と松嶋は笑う。 例えば飽食が医療を圧迫する。その要因は食の質であったりする。物事を一つの方面から解決しようとする無意味は日常の中にいくらでも存在する。

「医学だったら治療が一番なんじゃなくて、予防しようよって話ですよ」

馬鹿塾のキャッチフレーズは「黒船はやってくるのじゃない、行くものだ!」と勇ましい。だが、もちろん根拠がある。

「「今の日本、閉塞感はありますね。世の中には全て枠がある、限界があると思って、何も新しい発見を生み出せないみたいな。もうインターネットまで出てきて、この先何も出てこないだろうから、今あるものでうまく生きていく生き方を考える。だから夢がないですよね。で、そういうことを言う人は、自分の行動範囲を超えていろんなものを見た結果そう言ってるのか、それとも情報って言われるものが簡単に手に入るようになってその結果『世の中にもう何もないです』って言ってんのか、っていうと大体後者なんです。『殻を破れ、枠を超えろ』って言ってもチャレンジせずに情報で語っちゃう」

実際、若い経営者ほどその傾向が強いことに危機感を感じている。

「『世の中広いから、もうちょっと日本以外を向いたらどう?』って言ったら、『いや、まずは日本で結果を出してから』って言う。ああ、もう手遅れだなと思っちゃう。若いうちは打たれ強いんですよ、でも成功してから海外に行くとプライドが邪魔して打たれ弱くなる。だから手遅れだって思うんだけど」

「若くして成功して羨ましい」ーそんな賞賛は松嶋にとって薄っぺらな社交辞令でしかない。

「若い時にどんだけ失敗して、その失敗のリカバリーが人より早くて、そこから失敗をしないためのリスクヘッジを学ぶ。なんで僕がリスクヘッジが上手だったかっていうと、子供の頃に斧で指を落としそうになった経験と一緒なんですよ。必ず一回、痛い目に遭ってるし、一回恥かいてるんです。だけどそうしないと自分の物差しは作れない。だから情報なんて見ない。世の中も見すぎると鈍感になりますよ」

フランスに渡った際も語学は学んでいたとはいえ、最終的には人対人、現地の生産者に臆することなく会いに行った。

「自分が人として誠意を見せたり、人としてコミュニケーションを取ろうという姿勢を見せたら、大して喋れなくても耳を傾けてくれるっていうのは分かってた」

う思えたきっかけは渋谷での修行時代、外国人に英語で話しかけられても無視していたが、「すいません」の一言で立ち止まった自分の経験がある。

「『すいません』のあとは『Do You Know Here?』って、『あ、ヤベ、英語だ』と思ったんだけど(笑)、その時気づいたのは下手でもいいから相手の国の言葉で話しかけると向こうは耳を傾けてくれる」

そんな小さな積み重ねも活かすか活かさないかは本人次第。松嶋はことごとく経験をガソリンに変える。

歴史を知らずに新しいものは生み出せない

経験主義と同時に松嶋が変えていきたい価値観の一つに「今の時間軸だけで物事を判断することを疑う」がある。

「自分が生きている時間、自分が物心ついてからの歴史ぐらいでしか見ない人が多い。『昔は…』って話すんだけど、もっと昔のことはあんまり勉強しない。例えば金融市場の話もここ最近の金融市場の話しかしない。なんで金融が生まれたか?ってところまでたどり着いてようやく物事を見られるようになる。そうすればイノベーションとリノベーションはもっと簡単にできるようになるはずなんです」

大きな歴史観に立脚して仕事をする理由は松嶋の仕事が「食」だからかもしれない。

「料理をイノベーションするとかレシピを考える時、『なんでこの料理が生まれたんだろう?』ってとこに戻って考えることはしょっちゅうします。そうしないと新しい料理なんて生み出せないし、今、この時代に流行ってる料理を原点にして次の料理を考えるとハチャメチャになる。いつもその料理が生まれた環境とか、その時代はどうだったんだろう?って考えて、そこに一回戻って、今の時代はこうだからって考えないと。筋がないまま進化はしない方がいいですね」

人間は誕生以来、何かを食べてここまで進化してきた、そのことを思い知らされる。

レストラン「KEISUKE MATSUSHIMA」原宿店舗

ビジネスや技術で作った人間関係は脆い

「いろんなことをやってすごいですね」ー問題解決の糸口は一面的であっては不可能、もしくは出てくるアイディアも薄っぺらいものになる。松嶋自身は「いろいろやる」ことは一つのことを達成するための手段にすぎない。その「一つのこと」は、もちろん「食」だ。

「僕は飲食店のシェフなんで食を通してどうやって人脈作っていくかがすごく大事。僕の周りとのつながり方って食べ物を通した人間関係なんですよ。その先は、その人間関係を広げていくこと」

大事なのは「何」で人とつながるか。

「たいがい、ファミリーでつながるか、親友として心でつながってるか、それとも恋人同士で“下”でつながってるかそんなところだと思うんですけど、今、人とのつながりが表面的すぎる。だからビジネスと技術だけでつながってしまうとポツーンってなる人が多い。お金でつながってる人も多いですよね。僕、多趣味だし、体力つけたいからトライアスロンやってるんです。泳いで走って自転車漕いでたら、その三種目の人とも仲良くなった。趣味を通してできた仲間もいっぱいいる」

中でも「食」という文化で作る人間関係は不自由がないと松嶋は言う。

「高級食材でなくても美味しいものは作れるし、ヨーロッパで困ってる人間がいたら『じゃあ蕎麦でも作るから食べようよ』て言ったら、一杯の蕎麦でも人間関係ができるわけですよ」

彼の顧客も何も彼の名声を「食べている」わけじゃない。有名なピアニストも指揮者もテニスプレイヤーも、「美味しいものが好きなんです」ってところで人間関係作っていくと楽だ、と語る。 加えて、松島が自然の味わいを求める最大の理由もスケールが大きい。

「人って疲れたら山や海に行ったりして、自然が作った景色を見て癒されるでしょ?僕が東京で地方の料理を作り続けるのは、ここでお客さんがニースに行ったような気分になって、自然の味を味わってもらうのが大事だと思うから。だから自然の味に近いような味付けで、変に味付けしないように意識してやっています」

最後に食が原点であり、人間関係をつなぐルールでもある松嶋の直近の計画はこうだ。

「この1年の間にトラック買って、キッチンカーにして、娘と二人で世界一周したいなぁと思ってて。もう学校行かなくていいから、パパと一緒にトラックで世界一周しようって。で、どこまで食で世界平和できるか?っていうのに挑んでみたいですね」

「店、バーン!と売って世界一周したいな」と、喜色満面、ある種確信犯的に語る松嶋。実際、お店を人に任せて世界一周しても、彼ならさらに多くの人を食でつなぐ社会実験の成果を上げて意気揚々と戻ってきてくれるだろう。 「ま、売らなくてもいいけど(笑)」とすかさずフォローを入れるところも含めて、コロンブスの漫画伝記に影響された”松嶋少年”は健在だった。 「人のやらないことをやる」ー40歳を前に新たなギアが入る音がした。

<完>

取材・テキスト / 石角友香 写真 / きるけ KEISUKE MATSUSHIMA公式サイト http://www.keisukematsushima.com