前編を読む

2013年春に東京ディズニーリゾートで結婚式を挙げ、2015年秋に「パートナーシップ証明書」を得て、家族になった東小雪と増原裕子。「5年前の自分たちには、全く想像できなかった」という2人は今、「子どもを産み育てる」という新たな未来を切り拓こうとしている。「結婚式」「家族関係」「子育て」……“普通じゃない”自分のセクシュアリティでは絶対に叶わないとあきらめていたことを、2人で成し遂げようとしているのだ。彼女たちの挑戦の過程と、その先に思い描く未来とはー

依存ではなく、成長し合える2人の家族関係

婚姻届を提出することができないがゆえに「結婚をする」という概念がなかった2人は、結婚式を挙げて、「パートナーシップ証明書」を得て、周りから祝福されたことで家族になった。そこにはどんな変化があったのだろうか。東は今まで抱いたことがなかった“安心感”を得て、精神状態が落ち着いたという。

「20代前半は本当に生き難くて、カオスだったんですよ。仕事も安定しないし、人間関係も築けないし、激しい鬱で、オーバードーズ(薬の過剰摂取)だし、リストカットもやめられなくて……。すごく苦しかった」

東は憧れだった超難関の宝塚歌劇団に入団したが、初舞台に立つと同時に精神状態を崩して退団。そこから不安とストレスから来る身体の痛みを拭うために、薬物依存と自傷行為を繰り返した。東の精神状態は悪化し、実家の窓から飛び降りる自殺未遂、その後精神科の閉鎖病棟に入院するまでになった。その後、少しずつ体調が回復していった頃に増原と出会う。

「「一番苦しんでいる時は知らないのだけれど、付き合い出した頃もまだ渦中にあったので大変でした。誰も信用できない。ちょっと喧嘩しただけで、見捨てられちゃうという不安から、パニックになっちゃう。手に負えないし、どう向き合ったらいいかわからなくてこちらも混乱しましたよ」(増原)

2人で参加した、子どもと女性への暴力に反対するパレードでの出会いがきっかけで、東はカウンセリングを受けることになった。すると、その不安定な精神状態の背景に「家族の問題」があったことが判明する。東自身も辛い過去に蓋をして思い出さないようにしていた、父親からの性虐待と母親の精神的な“支配”。

「私はレズビアンであることの悩みよりも、虐待を受けたサバイバーであること、家族の問題のほうが大きかった。日本には“家族神話”があって、家庭は安全なものだと思われているけど、実際にはそんなことはなくて。父が亡くなって、母親と物理的にも精神的にも距離をとったことで、私は安定していきました。“親から脱する”ことができたのです」

書籍「同性婚のリアル」(ポプラ新書)

結婚式に東の親族は一人もこなかった。母親とは、結婚式に招待したのを最後に、一度も連絡をとっていない。でも東には今、増原という新しい自分の家族がそばにいる。

「本当に、この5年でずいぶん変化しましたよ」という増原に、「それはひろこさんのおかげです」と東が笑いかける。でもきっと、パートナーを得たことで変化したのは東だけではないはずだ。依存でも支配でもなく、支え合って成長し合う。それが2人の「家族関係」だ。

とことん話し合いを重ねて、家族を築く

2人は今、子どもを迎える準備を進めている。レズビアンカップルとして子どもを持つことに不安がないわけではない。

「子どもが学校でいじめられないか、とか私のなかにもどこか偏見があったんですね。でも、実際にレズビアンマザーとそのお子さんに会って、なんて自然な家族なのだ、と自分のなかの偏見や不安が溶かされていきました」(東)

先人たちの姿を見て自然と覚悟を決めた2人は、子どもを産み育てることに関してとことん話し合いを重ねた。日本のレズビアンカップルが子どもを作るには、身内やゲイカップルなどの知り合いから精子を提供してもらい人工授精をするか、私設の精子提供サイトを利用するか、海外の精子バンクを利用するなどして人工授精をするという方法がある。どこから精子提供を受けるのか、精子提供を受けた場合その男性とどういう関係性を築いていくのか、「家族のあり方」を考える必要がある。

「2人で日夜話し合いを重ねて、ゲイの友人から精子提供を受けて、子育ては私たちが親としてやる、彼にも子どもに会ってもらって関係性を築いていこう、という結論にいたりました。私のほうが8歳上なので先にチャレンジして、そのあとに小雪さん、それぞれ一人ずつ産みたいね、と」(増原)

そこからゲイの友人たちに、精子提供をしてもらえないかと声をかけたが、すぐには決まらなかった。

「やっぱり、ゲイの友人たちには子どもを持つという選択肢がこれまでほとんどなかったんですよね。産めないですから。遺伝子的につながりのある子どもができるかもしれないと考えるのは、私たちがお願いしたその日からなのです。だから、すぐに断られることはないけれど、じっくり考えたうえで答えを出したい、と。

大事なことだからゆっくり考えてほしいけれど、私たちには年齢的な問題もあるので焦りました。今あきらめたらひろこさんの赤ちゃんに一生会えない。そう思うと、仕事も忙しいし、タイミングも合わないから、とは言っていられなくて必死でした」(東)

依頼して、答えを待って、断られる。3人目がダメだったとき、スペインの精子バンクでの人工授精も選択肢に入れようとした。もちろん成功率は100%ではない。その確率に高額なお金と時間をかけていいものか。でもあきらめたくない。

2年が経とうとしていたとき、4人との話し合いを経てやっと精子提供者が決まった。

「もし子どもがいじめられたらこういう対応をしようとか、何があっても大丈夫、と思えるところまで話し合ってきました。私たちの準備は十分できたので、あとはご縁ですね。今は赤ちゃんが来てくれるのを待っている状態です」(増原)

「人間一人を育てることは簡単じゃないから、夫婦で絶対にとことん話し合ったほうがいいと思うんです。パートナーと話し合って、支え合っていくことが本当に大事」(東)

“家族のかたち”が決められていないからこそ、2人は話し合いを重ねて、自分たちの家族のあり方を探りながら、かたちにしていく。

ゲイカップルにも代理出産で「親になる選択肢」がある

2人は自分たちが家族を作っていく過程で、レズビアンカップル以上に、ゲイカップルは子どもを持つという選択肢が限られていることを知った。

「ゲイカップルは自分たちが産めないから、そもそも子どもを産み育てるというイメージがないんです。でも海外では、養子を迎えたり代理出産を依頼したり、選択肢はあります。お金はかかるけれど、卵子提供を受けて、アメリカで代理母に産んでもらい、日本で育てることも可能です。その選択肢が絶対ということはないし、ハードルもあるかもしれないけれど、ゲイだからといって子どもを持つことをあきらめてほしくない。レズビアンマザーは少しずつ広がっているけれど、ゲイファザーという選択肢も広げていきたいんです」(増原)

2人はNYで代理出産によって子どもを授かったゲイファザーと出会ったことをきっかけに、アメリカ西海岸の代理出産のエージェンシーや生殖医療機関とつながった。

「NYでゲイファザーにお会いするまで、代理母で出産した人に出会ったことはありませんでした。タレントの向井亜紀さんの体験談が書かれた書籍を読んだくらいで私自身もあまり知らなかった。日本だとタイで邦人男性が代理出産によって十数人の子どもを持っていたという衝撃的なニュースが印象に強くて。でもNYで話を聞くと全く印象が違って、このギャップはなんだろうと。どうして日本ではこんなに情報が少なくて、議論もなされていないのか、不思議に思ったんです」(東)

自分たちももっと知りたいし、仲間たちにも知ってほしい。そんな思いから2人は、カリフォルニアから代理出産を手がける専門家を招いて「ゲイのための代理出産と卵子提供セミナー〜子どものいる家族をつくろう〜」を開催した。そこでは専門家等から説明を受けた後、集まったゲイカップル等から質問が飛び交い、意見交換もなされた。

2016年1月 ゲイのための代理出産と卵子提供セミナーを開催

「代理出産は倫理的な課題が多いし、高額な費用がかかるという問題もあります。卵子提供も合わせて女性の身体に負担がかかるのも事実です。課題はあるけれど、よくわからないまま、タブーにしておくのは違うと思う。なぜ日本では代理出産が認められていないのか、対価はいくらなのか、まずは知ることからはじめて、これからも議論を深めていきたい」(増原)

「私も選択肢を知るまでは、レズビアンだから結婚もできないし、子どもも産めないと思っていました。そんな過去の自分がゲイカップルの方たちと重なったんですよね。彼らも選択肢を知れば、家族がほしいと思うかもしれないし、実際に家族ができるんです」(東)

性別や血縁にとらわれない家族の先にある、新しい社会

2人の話を聞いていると、家族ってなんだろう、という考えが頭を巡る。

「アメリカで国際養子縁組によって中国から子どもを迎えたレズビアンマザーの家族に出会いました。みんな血縁関係はないし、人種も違う。本人も養子だということを知っている。でもちゃんと家族なのです。自分のなかの家族の価値観が崩れていきました。家族って血縁や成り立ちではなくて、今お互いが信頼し合っている関係性、そのためにお互いが家族になっていく努力をする。家族ってそういうものじゃないか、と思うんです」(東)

2人が暮らす渋谷区には、レインボーフラッグが飾られた「カラフルステーション」がある。そこにはLGBTに限らず、同じ価値観を持った仲間たちが集まるという。

「みんな社会にポジティブなインパクトを与え続けたいと思っていて、こうしなきゃいけない、という枠が決められていない。同じ価値観を共有していて、困ったときには助けてもらえるという信頼関係もある。だから私たちは大丈夫だって思えるのです」(増原)

2人を支える仲間たちも、「家族」と言えるのかもしれない。血縁や地縁ではなく、同じ価値観でつながる“新しい家族のかたち”。レズビアンである2人が、地域や社会を巻き込みながら家族を築いていく、そこにはどんな未来が待っているのか。

「私たちが同性婚を認めてほしいと思うのは、特別な権利を主張したいわけではなくて、LGBTでもどんな属性の人でも結婚するかしないかを選べる、平等な社会であってほしいという思いがあるから。とにかく選択肢が広がってほしいと思っています」(東)

「本当の意味で個々人が尊重される社会になってほしい。違うことは美しい。そう思って認め合えたら、生きづらさが解消されていくでしょう。そのためには社会の決められた枠組みではなくて、自分がどうするかを考える教育が必要だと思います」(増原)

当事者としてアクションを起こし、自らが切望する権利や選択肢を手にしてく。東と増原が性別や人種、地縁や血縁にとらわれない「家族」を築くとき、現時点では到底想像がつかない多様性のある社会になっているのだろう。


<終>

取材・テキスト / 徳瑠里香
写真 / 高木孝一


株式会社トロワ・クルール
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元タカラジェンヌ東小雪の「レズビアン的結婚生活」ブログ
http://koyuki-higashi.blog.jp/