「ボカロ小説」を読んだことがあるだろうか。

2000年代に登場し、ニコニコ動画ユーザーの間で熱狂的な話題を生んだボーカロイドは、楽曲だけにとどまらず、そこで登場する主人公や表現される世界観の拡張により、コミック化や小説化などの、いわゆる二次創作に発展し、2010年頃より、ネットを超え、書店でも数々のヒット作品が生まれ始める。

そして、オタクやサブカル好きから火がついたボーカロイドは、ボカロ小説によって、日常的にニコニコ動画・ボカロ曲を楽しみ、恋に励む女子中高生がコアなターゲットとなったのである。

木爾チレンは、自身が女子高生の当時、登場し始めたばかりのボカロ曲に熱狂したいわばボカロ最前世代。そんな彼女は、現在、女子中高生に向けて、多くのボカロ小説やライトノベルを手がける小説家として活躍している。

彼時代が生んだ「新しい小説の読み方/読まれ方」に誰よりも敏感な彼女。

しかし、その裏にはそういった「エンタメ小説」に向き合う葛藤と苦難があった。

自分の人生、恋と小説がないと成り立たない

「中学校の時から小説はずっと書いてました。中1のとき、当時自分の好きなひとがいて、でも全然ふられまくって、でもどうしてもくっつきたくて、自分とその人の小説を書いたんです。それからそのシリーズをずっと書いてました。クラスメイトに読ませたらめっちゃ評判になって、私にも書いてほしい、みたいな感じで広まって。で、その子とその好きな男の小説を書いてあげたりしてました(笑)」

初めて書いた小説についてこう語る彼女は、実体験に基づいた作品にもかかわらず、ためらいなく、包み隠さずクラスメイトに読ませていたというのは少し驚きだ。当時から日頃感じたこと、思ったことを作品として発散してきた彼女の感性は、「恋」によって研ぎ澄まされていく。

「高校時代からはメルマガを始めて、1000人くらいの購読者さんに向けて、小説を配信していました。私、恋っていう「現象」が好きでその現象が生まれるまでの過程が好きなんです。なので恋愛小説ばかり書き続けてました。恋って現象が好きだから、別に男対男でも女対女でもなんでもいいんですよね、それが書けたら。」

小説家 木爾チレン

木爾の文章は、ものすごく生々しい。それは恋に恋する、至って健全な女性の「複雑で不安定なリアル」を彼女自身が日々抱え、それをこぼれ落とさぬよう丁寧に作品に注ぎ込んでいるからであろう。彼女の「恋」への追求が、「小説」を生み、彼女の「小説」が、「恋」の尊さを、また実感させるのだ。そうした作用は、彼女が一度OLを経験した際、特に痛感することとなる。

「つくづく自分の人生、恋と小説がないと成り立たないと思ってて。どちらか一部でも最悪だと感じてしまう。何言ってるんだって感じですけど(小説家としての)仕事も恋もうまくいかないと自分が崩壊していくような感じがします。OLをやってた時期、小説を書く時間が全然なくて、更にふられて、毎日情緒不安定すぎて、私の人生ってなんて最悪なんだろうって。それでなんとかちゃんと仕事してくれって上司にも言われて、無理ですって言ってやめたんです。」

純文学とネットカルチャーの挟間で

著書「溶けたら、しぼんだ」で、新潮社が主催する「女による女のためのR-18文学賞」優秀賞を受賞し、華々しいデビューを飾った2010年。その後、一度OLを経験するも、小説と距離を置いた生活に耐え切れず、再び執筆活動に専念。そこで生まれたのが、これまでの文筆活動の集大成とも言える著書「静電気と、未夜子の無意識。」(2012年)である。しかし、自身では手応えを感じるも、思うように売り上げは伸びなかった。

「静電気と、未夜子の無意識。」(2012年)

「一応小説家としてデビューできたけど、『未夜子』(「静電気と、未夜子の無意識」)を出したあとはもう本は出せないだろうな、と思ってました。その後も依頼はあったけど書けなくて…売れなかったから、やっぱり。スランプというか。書きたいだけじゃなくて、ちゃんと仕事として小説家としてやっていくには、どうすればいいんだろう…と考え込んでしまいました。そのときまだ24だったし、40歳とかにデビューするひともいっぱいいるし、まだまだチャンスはあるって自分に言い聞かせながら、なんとか書いていたけど、つらかった。」

そんな状況のなか、舞い降りたのがボカロ曲のノベライズ、所謂「ボカロ小説」の執筆依頼であった。

「文芸の仕事って締め切りがあんまりないんですよね、私みたいな新人だと。連載しているわけでもかないから、書き下ろしで、書けたらください、みたいな。でもノベライズっていうのは発売日が決まっていて、そのときまでにもう死んでも書き上げなければいけない。まだ書き終わってないのに、アマゾンで予約始まってる!みたいな(笑)

それに、世間一般的にノベライズって、作家を求めて買うひとはなかなかいないんです。なかには私のファンで買ってくれるひともいるけど、やっぱり原作が好きだから買うのが主流。だからボカロ小説を書いてはじめて小説を『仕事』にする、みたいな感覚がわかったような気がしたんです。」

木爾が最初に携わったノベライズ「蝶々世界」(2014年)は、2008年より活動するボカロP・蝶々Pがこれまで手がけた選りすぐりのボカロ曲9曲をノベライズした短編小説集。蝶々Pの活動当初から、実は木爾もその楽曲に魅了されるファンの一人であった。それもあってか、純文学出身の彼女だが、ノベライズの依頼がきたとき、まったく抵抗はなかったという。

「蝶々世界」(2014年)

「もともとめっちゃ楽曲も聴いてたこともあって、はじめてのノベライズだったけどすごく自由にやらせてもらったんです。だからなんか自分の書きたいことを全部詰め込めました。こういう話書きたいっていうのを楽曲にあてはめて書いたって感じですね。」

この作品がライトノベル界で大きな反響を生んだ。木爾チレンという作家がはじめて実感した「仕事」で確かな手応えをここで感じる。

「純文芸って、ファンタジー的なものよりも人間くささみたいなものを求めるでしょ?でも蝶々世界は私が表現したいことすべてをちゃんと若い子たちに伝えることができて本当に嬉しかった。やっぱり誰が読むかで全然感想は変わってくるし、自分も少女時代暗くて本ばかり読んでたので、そういう子たちに響く話を書けたことは、自分にすごく自信が持てました。

本って孤独なときに読むものだと思うんですよね。だからそういう子たちに感動してもらうのが一番嬉しいってわかったんです。もちろん私が年齢を重ねていったらもっと上の世代の人に向けた作品も書けると思うし、挑戦していきたいと思うけど、今は今の私の感性で少女たちに響くならそれでいいのかなって思ってます。」

ミーハーならではの「こだわりがない」という芯

そこから「アイドル生徒会!」「Just Be Friends.」(ともに2015年)と立て続けにライトノベルをリリース。蝶々世界で示された木爾のピュアで柔軟な文章が、様々な領域で進化しながらパッケージとなっていく。

「多分、『未夜子』が売れてたらずっとそれ一本でやっていた。恋に焦点をあてて、きれいな文章で、比喩とかいっぱい使って、これがアートだぜっていうのを目指していたと思うんですけど(笑)、それだけじゃ売れないことがわかった。勿論売れる人もたくさんいるけど、私、おしゃれじゃないんですよ、感性が。結構ミーハーで、王道が好きで、セカチューでもアナと雪の女王でも泣くし(笑)、今流行ってる加藤ミリヤとかも好きだしフィッシュマンズも好きだし。でも、そういう方が人生楽しいと思ってきて。

流行ってるからださい、みたいな考え方は一番ださいと思ってて、ああいうちゃんと多くの人に受け容れられる作品を作ってるっていうのは本当にすごいと思うんです。固定観念にとらわれるより色んな作品楽しめた方が絶対楽しいし、だからこそ自分もそういう作家になろうと最近は思ってます。ベタで泣ける作品だって書きたいです、いま目指すべきはセカチューかもしれない(笑)。「こんなの」っていう固定観念を壊せる作品をつくりたいんです。」

文体や表現が個性ある「型」としてあり、そこで生まれる世界観を保ちながら様々なストーリーを育ませる小説家のスタイルが「美徳」とされるなか、これまで木爾が描いてきた世界は実にバラバラだ。


「ずっと書き続けていたいから、ちゃんと誰にでも面白いと思ってもらえる作品を書いていきたい」ーそんな一見あたりまえのことを、彼女は心の底から願い、そしてまた新たなジャンルを創作する。果てしない活動ではあるが、これまですべての作品が「NEW」であり続けた彼女なら、きっとどんなストーリーも、等身大の彼女の作品として、届けるべき読者にしっかり届けてくれるだろう。

素直な気持ちをどこまでも素直に表現する。それこそが、中1から恋愛空想小説を書き始めた彼女の一貫した強みなのかもしれない。

「一途なんですよね、きっと私。」


取材・テキスト / 田中佳佑
写真 / 高木孝一


木爾チレンwebsite
http://1000ve.her.jp/